同じ取引先を、二つの部門が別々に見ている
海外の新しい取引先から引き合いが来ると、社内では二つの審査が動きます。
一つは与信審査です。「この会社は代金を払ってくれるか」「どこまで掛けで売ってよいか」を、信用調査報告書や決算書をもとに判断します。
もう一つは、輸出管理部門による取引審査です。「この貨物はどのような用途に使われるか」「需要者に懸念はないか」を確認し、輸出してよいかを判断します。
見ている相手は同じ会社です。しかし多くの企業では、二つの審査は別々の部門で、別々の情報をもとに、別々の書類に記録されています。本稿では、この二つの審査の間に生まれる「すき間」と、それを埋めるための情報共有の手順を整理します。何を調べるかについては、当社の連載「信用調査とコンプライアンススクリーニングの活用」「企業が取るべき9つの対応策」もあわせてご覧ください。
なぜ、すき間が生まれるのか
1. 目的が違う
与信審査の目的は、代金を回収できるかどうかです。取引審査の目的は、貨物や技術が大量破壊兵器や通常兵器の開発などに使われないようにすることです。目的が違うため、同じ情報を見ても、注目する点が異なります。
2. 担当する部門が違う
外為法にもとづく「輸出者等遵守基準」は、リスト規制品を扱う企業に対し、輸出管理の体制(業務分担・責任関係)を定めること、用途確認・需要者確認の手続を定めて確認を行うことなどを求めています。経済産業省の実務資料は、用途や需要者の情報を集める部門は、製品販売の輸出では「営業部門となることが一般的」としています。一方、与信審査は審査部門や財務部門が担うことが多く、情報の流れが分かれやすい構造です。
3. 記録が別々に残る
取引審査は取引審査票やチェックリストに、与信審査は与信申請書や稟議に記録されます。同じ会社について、二つの部門がそれぞれ調べ、それぞれ保管していることになります。
二つの審査は、同じ情報を見ている
目的は違っても、確認する項目にはかなりの重なりがあります。
需要者の事業内容と規模
経済産業省の実務資料は、需要者確認の観点として、貨物の用途と需要者の事業内容が一致しているか、出荷数量が需要者の事業規模に対して過剰でないかを挙げています。業種、従業員数、売上高は、与信審査で信用調査報告書から必ず確認する項目です。
資本関係
同じ資料は、需要者が軍事企業と資本関係(親会社・子会社)にないかの確認も挙げています。株主や親会社は、与信審査でも「誰が支えている会社か」を見るために確認します。
存在と身元
輸出者や最終需要者の存在と身元が明らかかどうか。これは、前回の記事で取り上げた「取引先の実在確認(KYB)」そのものです。
支払条件
ここが、二つの審査が最も直接に交わる点です。経済産業省の通達は、輸出者が懸念用途を「明らかなとき」と判断するためのガイドラインの中で、確認項目の一つとして「支払対価・条件・方法などにおいて異常に好意的な提示がなされていないこと」を挙げています。米国商務省産業安全保障局(BIS)も、注意すべき兆候(レッドフラッグ)として、通常は分割払いや融資を使うような高額品に対して、顧客が現金で支払おうとすることを挙げています。
与信部門にとって、前払いや現金払いの申し出は「回収リスクがない、ありがたい条件」に見えます。しかし輸出管理の視点では、同じ申し出が注意すべき兆候になりえます。同じ事実が、部門によって逆の意味を持つということです。
すき間から何が起きるか(想定例)
以下は、部門間で情報が共有されていない場合に起こりうることを、想定例として示したものです。
- 想定例1:新規の海外取引先が、相場より高い価格での全額前払いを申し出た。与信部門は「与信不要」として承認したが、この条件は輸出管理部門に伝わらず、取引審査は通常どおり進んだ
- 想定例2:輸出管理部門が需要者確認の中で、取引先の親会社に懸念があることを把握し、取引を見送った。与信部門には伝わらず、同じグループの別会社に対して与信枠を設定していた
- 想定例3:与信の定期見直しで取り寄せた信用調査報告書に、株主と代表者の交代が記載されていた。与信部門は財務内容だけを見て更新し、輸出管理部門は取引開始時の需要者情報のまま管理を続けていた
どれも、どちらかの部門が「知っていた」ことが、もう一方に届かなかった例です。
実務での情報共有の手順
ステップ1:取引先を同じ単位で特定する
両部門が、同じ会社を同じ名前・同じ番号で管理します。社名の表記ゆれ(英語表記と現地語表記、略称)があると、同じ会社だと気づけません。登記上の正式名称と登記番号で特定することが出発点です。
ステップ2:調べた結果を、両部門が見られる場所に置く
信用調査報告書、制裁リスト等との照合結果、需要者確認の記録を、取引先ごとにまとめて保管し、両部門が参照できるようにします。照合結果は「該当なし」も記録します(「「該当なし」も記録に残す」参照)。
ステップ3:相手の部門に回す条件を決めておく
すべての情報を共有するのは現実的ではありません。次のような「回付条件」を決めておくと、運用しやすくなります。
- 与信部門 → 輸出管理部門:前払い・現金払いなど異常に好意的な支払条件の申し出/注文の規模が取引先の事業規模に見合わない/株主・親会社・代表者の変更/事業内容の変更
- 輸出管理部門 → 与信部門:外国ユーザーリストや制裁リストとの照合で該当・要確認が出た/用途や最終仕向地の説明を拒まれた/取引を見送った、または条件付きとした
ステップ4:見直しのタイミングをそろえる
経済産業省の実務資料は、需要者について、ホームページなどの公開情報や、輸出等に関与しない第三者の提供する情報を定期的に確認することを挙げています。与信の定期見直しで信用調査報告書を取り寄せる時期と合わせれば、同じ情報で両方の見直しができます。
ステップ5:取引開始後の変化を拾う
制裁リストは頻繁に更新され、取引先の役員や株主が後から対象になることもあります。取引開始時の確認だけでなく、継続して変化を確認する仕組みが必要です(「制裁リストの継続監視」参照)。
当社サービスでどう補えるか
当社の NR Credit Portal V2 で取り寄せる「NRレポート」には、信用調査の結果と独自分析に加えて、経済安全保障スクリーニングの結果が含まれています。事業内容、規模、株主・役員、支払能力の評価と、制裁リスト等との照合結果が一冊にまとまっているため、与信部門と輸出管理部門が同じ報告書を共通の材料として使えます。
また「NRESS(経済安全保障スクリーニング)」では、会社名や役員・株主の名前を、外国ユーザーリストや制裁リストを含む486のリストと照合し、「該当なし」も含めて結果を記録できます。照会した相手を登録すれば、「NRESSモニタリング」で毎日変化を確認し、通知します。詳しくは NRESS のサービスページ と NRレポートのページ をご覧ください。
まとめ
- 与信審査と輸出管理の取引審査は、同じ取引先を、別々の部門が、別々の目的で見ています
- それでも、需要者の事業内容と規模、資本関係、存在と身元、支払条件など、確認する項目は大きく重なっています
- 特に支払条件は、与信部門には「好条件」に、輸出管理部門には「注意すべき兆候」に見えることがあります
- 取引先を同じ単位で特定し、調べた結果を共有し、回付条件と見直し時期を決めることで、部門の間のすき間を埋められます
「払ってくれるか」と「使い道に懸念はないか」。二つの問いを同じ情報で確かめることが、海外取引の審査を強くします。
(中村格付研究所)
出典
- 経済産業省「輸出者等遵守基準について」 https://www.meti.go.jp/policy/anpo/seminer/shiryo/setsumei_junshu.pdf
- 経済産業省(委託事業)「安全保障貿易管理の実務 ~中級編パート2~」 https://www.meti.go.jp/policy/anpo/seminer/shiryo/anpo_level3_part2.pdf
- 経済産業省「キャッチオール規制」 https://www.meti.go.jp/policy/anpo/catchall.html
- 経済産業省「補完的輸出規制に関する輸出手続き等について」(輸出注意事項24第24号、最終改正 輸出注意事項2025第27号) https://www.meti.go.jp/policy/anpo/catchtutatu.pdf
- U.S. Department of Commerce, Bureau of Industry and Security「Supplement No. 3 to Part 732—BIS’s “Know Your Customer” Guidance and Red Flags」 https://bis.gov/node/6886
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