株式会社中村格付研究所GLOBAL CREDIT INTELLIGENCE

「該当なし」も記録に残す――制裁リスト照合の結果を、社内審査で使える証跡にする方法

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照合はしている。でも「何を、いつ、どう調べたか」を説明できるか

海外の新規取引先について、制裁リストとの照合を行う会社は増えています。米国の SDN リスト、日本の資産凍結等の対象者リスト、経済産業省の外国ユーザーリストなどを、担当者が確認してから取引を始める。ここまでは、多くの商社・メーカーで定着してきました。

ところが、社内監査や取引先の審査部門、あるいは海外の取引銀行から次のように聞かれたとき、すぐに答えられるでしょうか。

  • その取引先は、いつ、どのリストと照合したのか
  • 照合したのは会社名だけか。代表者や株主は確認したか
  • 「該当なし」と判断した根拠は何か。似た名前の候補はなかったのか

照合の結果が「ヒット」なら、稟議書にも記録が残り、対応の経緯も追えます。問題は「該当なし」の場合です。何も見つからなかった照合は、担当者の頭の中か、画面を見て閉じたブラウザの中にしか残っていないことが少なくありません。結果として、「調べたはずだが、調べた証拠がない」という状態が生まれます。

本稿では、制裁リスト照合の結果――とくに「該当なし」――を、社内審査で使える証跡として残すための考え方と手順を整理します。

なぜ「該当なし」の記録が必要なのか

1. 規制当局は「記録」と「仕組み」を見ている

米国財務省外国資産管理室(OFAC)は、2019年に公表した「A Framework for OFAC Compliance Commitments(OFACコンプライアンス・コミットメントの枠組み)」で、制裁コンプライアンス体制の要素として、経営陣の関与、リスク評価、内部統制、テスト・監査、研修の5つを挙げています。内部統制については、禁止される可能性のある取引に関する記録を残すことや、記録保存の方針・手順が規制上の要件を満たしていることを求めています。また、過去の違反事例の原因として、スクリーニングのソフトウェアに SDN リストの更新を反映していなかったこと、国名や当事者名の別表記を考慮していなかったことを挙げています。

つまり、「照合したかどうか」だけでなく、「最新のリストで、表記揺れも考慮して照合したか」が後から問われうる、ということです。それを示せるのは記録だけです。

2. 米国の制裁関連の記録保存期間は10年に延びた

米国では、2024年4月に成立した法律(21st Century Peace through Strength Act)により、国際緊急経済権限法(IEEPA)などに基づく違反の時効が5年から10年に延長されました。これを受けて OFAC は記録保存に関する規則を改正し、保存期間を5年から10年に延ばしています(2024年9月に暫定最終規則を公表、2025年3月の連邦官報で確定)。

この規則が日本企業にどこまで直接適用されるかは、取引の内容(米ドル決済、米国原産品、米国人の関与など)によって異なり、一律には言えません。ただ、ドル建てで海外取引を行う企業にとって、「10年前の取引について説明を求められる可能性がある」という前提で記録を考える価値はあります。

3. 日本の輸出者等遵守基準も「文書の保存」を求めている

日本では、外為法に基づく「輸出者等遵守基準を定める省令」が、輸出者等が守るべき基準を定めています。リスト規制品などを業として輸出する事業者には、用途と需要者等を確認する手続を定め、その手続に従って確認を行うこと、定期的な監査に努めること、そして輸出等の業務に関する文書や電磁的記録を適切な期間保存するよう努めることが求められています。

制裁リストとの照合は、需要者等の確認の一部として行われることが多いはずです。その確認が手続どおりに行われたことを示すのも、やはり記録です。

4. 与信の判断にとっても「該当なし」は情報である

与信担当の立場から見ると、「該当なし」は単なる空欄ではありません。「〇年〇月〇日時点で、△△のリスト群と照合し、該当はなかった」という事実は、取引を始めてよいと判断した根拠の一つです。後になって取引先や関係者が制裁対象になったとき、「取引開始の時点では該当していなかった」と示せるかどうかで、社内外への説明の仕方が大きく変わります。

証跡として使える照合記録の条件

では、どのような記録なら「調べた証跡」として使えるのでしょうか。法令が記録の様式を細かく定めているわけではないため、以下は当社が実務上必要と考える項目の整理です。

① 照合した日時
制裁リストは頻繁に更新されます。いつ時点のリストと照合したのかが分からなければ、記録の意味が半減します。

② 照合した名前(入力値)
会社名だけか、英語表記・現地語表記の両方か、代表者・役員・主要株主まで照合したのか。照合の範囲そのものが記録の中身です。

③ 照合したリストの範囲
「制裁リストを確認した」では範囲が分かりません。米国・EU・英国・国連・日本など、どのリスト群を対象にしたのかを残します。

④ 結果の区分
「ヒット」「該当なし」の二択ではなく、「名前は似ているが別人・別会社の可能性がある候補」があったかどうかを区別して残すことが重要です。

⑤ 判断と根拠
候補が出た場合に、所在地・設立年・生年などで別人・別会社と判断したのであれば、その根拠を書き残します。判断した担当者と承認者も残します。

⑥ 保存場所と保存期間
照合結果を取引先ファイルや稟議書に紐づけ、社内で決めた期間保存します。上で見たとおり、米国の制裁関連では10年という期間が一つの目安になります。

実務での確認手順

社内でこの仕組みを作る場合、次の順で進めると無理がありません。

ステップ1:照合の対象者を決める
取引先の法人名だけでなく、代表者、役員、主要株主、最終的な受益者(UBO)まで、どこまでを照合対象にするかを社内ルールとして決めます。信用調査報告書に記載された役員・株主の名前を使えば、照合の範囲を広げやすくなります。

ステップ2:照合するリストの範囲を決める
取引の通貨、仕向地、取扱品目に応じて、照合すべきリストの範囲を決めます。担当者ごとに見るリストが違う、という状態をなくすことが目的です。

ステップ3:結果を3つに分けて記録する
「ヒット」「要確認(別人・別会社の可能性)」「該当なし」の3区分で記録します。要確認の候補を担当者が個人の判断で「該当なし」に丸めてしまうと、その判断の過程が消えてしまいます。

ステップ4:「該当なし」も同じ様式で残す
該当がなかった照合も、日時・入力値・リスト範囲を含めて、ヒットの場合と同じ様式で残します。「何も起きなかった記録」を残す習慣が、証跡づくりの中心です。

ステップ5:照合を一度で終わらせない
取引開始時に該当なしでも、その後に取引先や役員が制裁対象に加わることはあります。照合結果は「その時点の事実」でしかありません。継続的な確認の考え方については、次回の記事で取り上げる予定です。

なお、制裁スクリーニングを信用調査とどう組み合わせるかについては、当社の連載記事「信用調査とコンプライアンススクリーニングの活用」でも解説しています。また、取引先が「信用できる会社」であることと、安全保障貿易管理上の問題がないことは別の問題であることを、F-35部品の香港誤送付の事例で取り上げました。

当社サービスでどう補えるか

当社の NR Credit Portal V2 に搭載した経済安全保障スクリーニング「NRESS」は、企業名・個人名を OpenSanctions のデータベース(商用ライセンスに基づき利用)と照合します。照合対象は、制裁・輸出管理リスト・PEP(重要な公的地位にある者)を含む486のリストで、当社ではこれを38分類に整理しています。

結果は「ヒット」「要確認(別人・別会社の可能性)」「該当なし」の3区分で表示し、該当なしの結果も必ず表示・記録します。照合の結果そのものが、社内審査の「調べた証跡」になる設計です。NRレポートなどの信用調査報告書から役員・株主の名前を取り出して照合することもできます。

「該当なしと出たが、本当にそう解釈してよいか」と迷う場合は、当社が精査し、輸出管理の専門家の所見を添える「NRESS精査+専門家コメント」もご利用いただけます。詳しくは NRESS のサービスページ をご覧ください。

まとめ

  • 制裁リスト照合は、「照合したこと」を後から示せて初めて意味を持ちます
  • 米国では制裁関連の記録保存期間が10年に延び、日本の輸出者等遵守基準も文書の保存を求めています
  • 証跡として残すべきは、日時・入力した名前・照合したリストの範囲・結果の区分・判断の根拠・保存先です
  • 結果は「ヒット/要確認/該当なし」の3区分で残し、「該当なし」もヒットと同じ様式で記録しましょう
  • 照合結果はその時点の事実にすぎないため、取引開始後の継続的な確認もあわせて考える必要があります

「照合はしているが、残し方が決まっていない」という状態は、ルールを一つ決めるだけで大きく改善します。まずは次の新規取引先から、「該当なし」を記録に残すところから始めてみてください。

(中村格付研究所)

出典

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この記事を書いた人
中村 裕幸
中村 裕幸 / 株式会社中村格付研究所 所長

海外与信調査・経済安全保障コンサルティングの専門家。信用調査歴25年以上。北朝鮮を除く160カ国超を対象に、現地情報を出し切る「圧倒的に詳細な海外企業信用調査レポート」を提供する。専門は海外与信調査、経済安全保障、UBO(実質的支配者)調査、中国企業のデューデリジェンス(China Series)。格付・倒産確率・与信限度額からESG・カントリーリスク・経済安保スクリーニングまでを一体で提供し、追加料金なしの日本語報告を強みとする。

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