新しい海外取引先。その会社は、本当に存在するか
展示会で名刺を交換した会社、メールで引き合いを送ってきた会社、知人から紹介された会社。海外の新しい取引先と話が進むと、与信担当には「この会社と取引してよいか」の判断が求められます。
そのとき、信用力や支払能力の前に確かめるべきことがあります。その会社が実在し、名乗っているとおりの会社かという点です。社名は実在の会社と同じでも、連絡してきた相手は別人だった。登記はあるが、すでに解散していた。登記上の住所には、同じ住所の会社が何百社も登録されていた――。こうしたことは、海外取引では珍しくありません。
本稿では、取引先の実在を確かめる「KYB(Know Your Business:取引先企業の確認)」のうち、出発点となる登記の確認に絞って、確認できること・できないこと、確認のポイントと手順を整理します。会社の背後にいる実質的な支配者の確認については、「見えない支配者」の記事をご覧ください。
なぜ、実在の確認が必要なのか
1. なりすましによる被害は大きい
米国連邦捜査局(FBI)のインターネット犯罪苦情センター(IC3)の2025年の年次報告によれば、取引先や経営者になりすまして送金させる「ビジネスメール詐欺(BEC)」の被害は、届け出があっただけで24,768件、約30億ドルにのぼります。BEC は、取引先と日常的に送金のやりとりをしている企業を狙う手口とされています。
なりすましの多くは、実在する会社の名前を使います。相手の社名がどこかの登記に存在することは、連絡してきた相手がその会社であることを意味しません。
2. 登記があっても、「今も営業している」とは限らない
解散・清算した会社や、登記を抹消された会社の名前が、取引に使われることもあります。登記の有無だけでなく、現在の状態まで確認する必要があります。
3. 与信の判断は、相手を正しく特定してからでなければ意味がない
信用調査報告書を取り寄せても、似た名前の別会社のものであれば、その評価は役に立ちません。米国のように企業を一意に特定する番号がない国もあり、特定そのものが難しい場合もあります(「アメリカ企業の特定が難しい理由」参照)。
会社の登記で、何が分かるのか
マネーロンダリング対策の国際基準を定める金融活動作業部会(FATF)は、各国の会社登記が保持すべき「基本情報」として、会社名、設立の証明、法人の形態と状態(存続しているか)、登記上の本店所在地などを挙げています。国によって公開の範囲は異なりますが、多くの国でこれらは確認の出発点になります。
一方で、登記には限界もあります。登記所の多くは、届け出られた内容を記録する役割が中心で、その内容が正しいかを一つずつ確かめてきたわけではありません。
たとえば英国では、2023年の法改正(経済犯罪・企業透明化法)を受けて、2024年3月から登記上の本店所在地に「適切な住所」が求められるようになり、私書箱は使えなくなりました。登記所が届け出内容を照会し、根拠を求め、誤りと思われる情報に対応する権限も強化されています。さらに2025年11月18日からは、取締役や重要な支配権を持つ者に、本人確認が義務づけられました。裏を返せば、こうした制度が整う前の登記には、確認されていない情報が含まれうるということです。
登記は「その会社が届け出た内容」であり、それだけで実在を保証するものではない。このことを前提に、次のポイントを確認します。
登記で確かめる7つのポイント
① 正式な社名(英語表記と現地語表記)
取引先が名乗る社名と、登記上の正式名称が一致するか。英語表記と現地語表記の両方を確認し、商号変更の履歴があれば旧社名も控えます。
② 登記番号
国ごとの登記番号(会社番号)を確認し、以後のやりとりや信用調査の発注では、社名とあわせて番号で特定します。
③ 状態(存続しているか)
「存続」「解散」「清算中」「抹消」など、登記上の状態を確認します。
④ 設立日
設立から日が浅い会社であることは、それだけで問題とは言えません。ただし、大口の取引や前払いを求めてくる場合は、確認を慎重にする理由になります。
⑤ 登記上の住所
住所が実在するか、事業の実態がありそうな場所か。同じ住所に多数の会社が登録されている場合は、登記代行業者の住所である可能性があります。それ自体は違法ではありませんが、実際の事業所がどこにあるかを別に確かめる必要があります。
⑥ 代表者・役員
登記上の代表者・役員と、商談の相手や契約書の署名者が一致するか。一致しない場合は、相手の権限を確認します。
⑦ 連絡先・銀行口座の名義との一致
メールのドメイン、電話番号、請求書に書かれた振込先の口座名義が、登記上の会社と一致するか。口座名義が登記上の社名と異なる、あるいは第三国の口座を指定される場合は、送金の前に必ず確認します。
実務での確認手順
ステップ1:社名と国を確定する
相手から、正式名称(現地語表記を含む)、登記番号、登記上の住所を書面で受け取ります。
ステップ2:登記で照合する
受け取った情報を、その国の登記と照合します。7つのポイントのうち、一致しないものがあれば理由を確認します。
ステップ3:連絡経路と口座を確かめる
登記上の住所や代表電話など、相手から渡された以外の連絡先で、取引の意思と担当者を確認します。振込先口座の変更依頼があった場合も、同じように別経路で確認します。
ステップ4:制裁リストと照合する
会社名と代表者・役員の名前を、制裁・輸出管理リストと照合し、結果を記録に残します(「「該当なし」も記録に残す」参照)。
ステップ5:取引額に応じて、信用調査に進む
実在が確認できたら、取引額やリスクに応じて信用調査報告書を取り寄せ、支払能力を評価します。決算書が入手できない場合の考え方は「決算書が取れない国の取引先を、どう評価するか」で整理しています。
当社サービスでどう補えるか
当社の NR Credit Portal V2 では、簡易版レポートのうち「登記確認レポート」で、海外企業の登記情報(正式名称、登記番号、状態、設立日、所在地など)を確認できます。既存のデータがある会社はすぐに、ない会社も現地での新規調査で取り寄せられます。
あわせて「NRESS(経済安全保障スクリーニング)」で、会社名と代表者・役員の名前を、制裁・輸出管理リストを含む486のリストと照合できます。実在の確認の先に、支払能力の評価が必要な場合は「NRレポート」をご利用ください。詳しくは NRESS のサービスページ と NRレポートのページ をご覧ください。
まとめ
- 与信の判断の前に、取引先が実在し、名乗るとおりの会社かを確かめることが出発点です
- なりすましの多くは実在する会社の名前を使います。登記に社名があることは、連絡してきた相手がその会社であることを意味しません
- 会社の登記では、社名、設立の証明、法人の形態と状態、本店所在地などを確認できます。ただし、登記は届け出た内容であり、それだけで実在を保証するものではありません
- 社名・登記番号・状態・設立日・住所・代表者・連絡先と口座の7点を確かめ、別経路での確認、制裁リストとの照合、信用調査へと進みましょう
「その会社は存在するか」と「話している相手はその会社か」。この2つを分けて確かめることが、海外取引の最初の一歩です。
(中村格付研究所)
出典
- FBI Internet Crime Complaint Center「2025 IC3 Annual Report」 https://www.ic3.gov/AnnualReport/Reports/2025_IC3Report.pdf
- FATF「Consolidated FATF Standards on Information Sharing」(Interpretive Note to Recommendation 24 を含む) https://www.fatf-gafi.org/media/fatf/documents/recommendations/pdfs/Consolidated-FATF-Standards-information-sharing.pdf
- Companies House blog「Get ready for changes to UK company law」(2024年1月22日) https://companieshouse.blog.gov.uk/2024/01/22/get-ready-for-changes-to-uk-company-law/
- GOV.UK「Companies House confirms identity verification rollout from 18 November 2025」(2025年8月5日) https://www.gov.uk/government/news/companies-house-confirms-identity-verification-rollout-from-18-november-2025
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