
取引先が優良企業であることと、その取引先を経由する物流・サプライチェーンが安全であることは、同じではありません。
2026年5月、オーストラリア空軍のF-35から取り外された部品が、米国へ返送される途中で香港に送られ、中国当局の手に渡ったと報じられました。輸送を担っていたのは、世界最大級の物流会社であるUPSです。
「大手に任せれば安心」という前提は、どこで崩れたのか。本記事では報道で明らかになっている事実を整理し、与信管理と安全保障貿易管理の両面から、日本企業が学べるポイントをまとめます。
何が起きたのか
最初にお断りしておきます。以下は2026年10月9日時点の報道に基づくもので、米国の調査は継続中です。当事者が公式に認めていない点も含まれます。
輸送されていたのは戦闘機そのものではなく、F-35Aのコックピット・キャノピー(風防)と兵装扉です。いずれもレーダー吸収材が使われた部品で、検査・修理または廃棄のため豪州から米国へ返送される途中でした。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 2026年5月下旬 | 豪州から米国へ輸送開始。当初の予定は韓国・台湾経由サンフランシスコ行き。その後、香港経由に変更される |
| 2026年6月 | 米国務省・国防総省が議会スタッフに説明を開始 |
| 9月18日 | Politicoが初めて報道 |
| 9月23日 | Bloombergが「中国当局が部品を保持している」と報道。国防総省のF-35統合計画局は「輸送上の問題」を認め、回収と調査を進めていると発表 |
| 10月7日 | Bloomberg続報。変更の経緯が具体的に報じられる |
10月7日のBloombergの続報(匿名の情報源に基づく)によれば、経緯は次のとおりです。物流会社DSVからUPSへ、この貨物は米国の武器輸出規則(ITAR)の対象で経路に制限がある、と知らせるメールが送られていました。しかしUPSの担当者はそのメールを見落とし、遅れていた貨物を早く届けるために香港経由に変更したといいます。メールが担当者の使うものとは別のITシステムに入った可能性も指摘されています。UPSとDSVはコメントしていません。
部品の重要度については、見方が分かれています。米国防総省は「使用不能な部品」と説明し、豪州のマールズ国防相も「機微な装備ではない」としています。一方で米国の専門メディアは、低被観測性(ステルス)設計に関わる部品として、その情報価値を慎重に検討しています。
F-35の低被観測性に関係する部品が中国側の手に渡ったと報じられ、安全保障上の懸念が生じている。それが現時点で言えることです。中国が部品を解析したかどうかは確認されていません。UPSへの処分も、現時点では公表されていません。
「メールを見落とした社員が悪い」で終わらせてはいけない
この事件から問うべきは、「なぜ、ITAR貨物の経路変更を一担当者の判断だけで実行できたのか」です。
報道が事実であれば、本来は複数の防波堤があったはずです。規制品だという警告、経路変更の承認、高リスクな経由地での停止。それが連続して機能しなかったことに、この事件の本質があります。

自社の輸出管理は、「該非判定をして書類を物流会社に渡したところ」で止まっていないでしょうか。その先で誰が何を判断しているのか。そこまで把握しているかどうかが問われています。
安全保障貿易管理の視点:5つの論点
1. 修理品・返品・廃棄予定品も規制の対象
今回の部品は「使用不能」とされていますが、報道によればITAR上の経路制限がかかっていました。壊れていても、素材や形状そのものが技術情報になります。不具合品の返送やサンプルの送付も、通常の出荷と同じ管理が必要です。
2. 審査すべきは仕向地だけではない
最終目的地が米国でも、途中でどこを通るかが問題になります。米国の輸出管理規則(EAR)では、2020年12月23日以降、香港は原則として中国本土と同様に扱われています。規制対象品の香港経由は、それ自体が重要な輸出管理上の論点です。
3. 警告は「送った」だけでは届かない
DSVは規制品だと知らせていました。それでも担当者が認識できなければ、知らせなかったのと同じ結果になります。メール1通に頼らず、輸送指示書やシステム上の表示で伝え、受け取りの確認まで取る仕組みが必要です。
4. 納期のプレッシャーが管理を飛ばす
経路変更は「遅れを取り戻すため」だったと報じられています。現場にとっては善意の判断です。だからこそ、規制品については、経路や運送会社の変更を事前承認制にしておく必要があります。
5. 一度出たものは取り戻せない
米国は回収を試みていますが、報道時点で部品は返還されていません。輸出管理は、事後に取り返しがきかない管理です。
これは日本企業にとって他人事ではありません。米国原産の品目や技術を組み込んだ製品には、日本からの輸出でも米国の再輸出規制がかかる場合があります。また日本の外為法でも、無許可輸出等には刑事罰に加え、最長3年間の輸出等禁止という行政制裁が設けられています。罰則は違反の類型で異なり、大量破壊兵器関連の無許可輸出では、法人に10億円以下(貨物の価格の5倍がそれを超える場合は、その5倍以下)の罰金が定められています。
与信管理の視点:信用リスクは「支払能力」だけではない
取引先の信用調査では、財務内容だけでなく、「コンプライアンス事故が起きたときに取引を続けられる会社か」を見る必要があります。
規模や知名度は、管理体制の保証にならない
UPSは世界最大級の物流会社です。それでも報道が事実なら、現場の一つの判断でこの事件は起きました。「大手だから大丈夫」は、支払能力については正しくても、管理体制については何も保証しません。
審査の対象を、取引の途中に入る会社まで広げる
今回の輸送には、荷主、DSV、UPSという複数の事業者が関わっていました。取引先本人だけでなく、物流会社、通関業者、経由地の代理店もリスクの一部です。それぞれが何を確認する責任を負うのかを、契約で明確にしておく必要があります。
取引先の事故は、自社の取引継続リスクになる
取引先が重大な輸出管理上の問題を起こせば、当局の調査や行政処分によって、特定のサービスや取引に制限がかかる可能性があります。その影響は、納期の遅れや供給の停止として自社にも及びます。与信判断に経済安保の項目を組み込む理由は、ここにあります。
リスクは遅れて表に出る
5月の事故が公になったのは9月でした。取引開始時に一度審査して終わりではなく、制裁リストや報道を含めた継続的な見直しが必要です。
自社で確認したい7つのチェックポイント
与信担当と輸出管理担当が、それぞれの立場から一緒に確認できる項目です。
- 修理品・返品・サンプルも、出荷のたびに該非判定をしているか
- 規制品であることを、物流会社に書面とシステムの両方で伝え、受け取りを確認しているか
- 輸送経路・経由地を指定し、変更は事前承認制にしているか
- 物流会社との契約に、輸出管理条項、無断の再委託の禁止、事故時の即時報告義務があるか
- 取引先本人だけでなく、物流会社や代理店など途中に入る会社も制裁リストと照合しているか
- 米国原産の品目・技術を含む製品について、米国の再輸出規制も確認しているか
- 与信審査に、取引先の輸出管理体制や規制リスクという項目があり、定期的に見直しているか
まとめ:与信管理と安全保障貿易管理を、一つの視点で
今回の事件は、物流事故であると同時に、取引先管理の教材でもあります。信用できる会社を選ぶことと、その会社の先で何が起きているかを把握することは、別の仕事です。
そしてその両方を、与信担当と輸出管理担当が別々に見ているのが、多くの企業の実情ではないでしょうか。一つの取引を、支払能力と安全保障の両面から見る。それがこれからの取引先管理に求められています。
参考資料
- China Holds Sensitive F-35 Parts Diverted to Hong Kong From Australia(Bloomberg、2026年9月23日)
- UPS Worker Missed Email, Letting China Get F-35 Parts(RealClearDefense転載、2026年10月8日)
- UPS missed warning email before F-35 stealth parts ended up in China(AeroTime)
- Pentagon investigates after China obtains parts from F-35 stealth fighter jet(AP、2026年9月23日)
- F-35 Canopy And Weapons-Bay Door Loss To China: Separating Fact From Fiction(The War Zone)
- Hong Kong export controls(米国商務省産業安全保障局)
- 安全保障貿易管理 参考資料(経済産業省)
- 外国為替及び外国貿易法の一部を改正する法律(平成29年、衆議院)
SEMINAR | 無料セミナー 2026.11.10 TUE
今求められる海外与信判断と、安全保障貿易の視点。
~得られる情報を最大限に活かす~
1本の海外信用調査報告書には、与信のリスクと安全保障貿易上のリスクの、両方の手がかりが入っています。1社の事例を最初から最後まで使い、報告書の読み方から、輸出管理上の論点の見つけ方、リストとの照合と記録までを90分でお伝えします。
セミナーに申し込む(無料)→





「“「信用できる会社」だけでは足りない――F-35部品の香港誤送付から考える、与信管理と安全保障貿易管理」へのコメント(1件)