決算書がない。それでも、限度額は決めなければならない
海外の新しい取引先から引き合いが来た。信用調査報告書を取り寄せたが、財務の欄は空白だった。それでも営業部門からは「いくらまで取引してよいか」を早く決めてほしいと言われる――。海外取引の与信担当には、よくある場面です。
決算書が出てこない理由の多くは、各国の開示制度にあります。米国の非上場会社には決算を公開する一般的な義務がなく、中国では年度報告の財務数値を公示するかどうかを企業が選べます(詳しくは「海外企業の信用調査報告書が「薄い」と感じる理由と、読み解き方」をご覧ください)。
では、決算書がない取引先を、どう数字で評価すればよいのでしょうか。本稿では「倒産確率」という考え方を軸に、決算書の代わりに使える材料と、推定値を使うときの注意点を整理します。
「倒産確率」で考えると、判断が整理しやすくなる
1. 倒産確率(PD)とは
倒産確率(PD:Probability of Default)は、取引先が一定期間内に債務不履行に陥る確率を表す数字です。銀行の自己資本規制を定めるバーゼル規制では、PD を1年間の倒産確率として扱い、事業法人向けの PD は0.05%を下回ってはならないとしています。つまり、どれほど優良な相手でも「倒産確率ゼロ」とは扱いません。
2. 倒産確率と限度額の関係
倒産確率を使うと、「この取引先にいくらまで与信してよいか」を、次のような考え方で整理できます。
- 予想される損失 = 倒産確率 × 倒産したときに回収できない割合 × 与信額
たとえば倒産確率が年1%、倒産時に8割が回収できないと見込む取引先に1,000万円を与信すると、予想される損失は年8万円になります。この損失を、取引から得られる利益で十分にまかなえるかどうかが、限度額を決める一つの目安になります(数字は説明のための例です)。
3. 決算書がないと、なぜ難しいのか
倒産確率を推定する手法の多くは、自己資本比率や利益率など、決算書の数字を材料にしています。決算書がない取引先では、この材料が手に入りません。だからこそ、決算書以外の材料をどう集め、どう数字に置き換えるかが問題になります。
決算書の代わりに使える材料
決算書がなくても、取引先の倒産リスクを推し量る手がかりはあります。
① 会社の基本情報
設立からの年数、従業員数、資本金、事業内容。設立から日が浅い会社ほど、一般に倒産のリスクは高いと考えられています。
② 国と業種のリスク
同じ規模の会社でも、所在国の経済・政治の状況や、業種の景気によってリスクは変わります。公的機関もこの考え方をとっており、日本貿易保険(NEXI)は国ごとのカントリーリスクを区分するとともに、独自の格付制度で海外の取引先(バイヤー)の与信レベルを分類し、保険の引受の判断に使っています。
③ 支払の実績
信用調査で得られる取引先や仕入先からの聞き取り、そして自社との取引での支払状況。決算書がない会社では、「実際に払っているか」という事実が、最も確かな材料の一つになります。
④ 公的な記録と変化の履歴
担保の登記、訴訟、行政上の記録、商号・所在地・株主の変更の履歴。短期間の変化が多い会社には注意が必要です。
⑤ 本人の申告
取引先が申告する売上高や従業員数。裏付けがない点には注意が必要ですが、他の材料と照らし合わせることで、もっともらしさを確かめられます。
これらの材料は、一つひとつでは決め手になりません。たとえば「設立20年・従業員50人・支払の遅れなし・訴訟なし」の会社と、「設立2年・従業員の申告なし・所在地の変更が3回」の会社では、決算書がなくても、リスクの大きさに差があることは読み取れます。材料を組み合わせて、全体としてどの程度のリスクかを判断することが大切です。
推定財務諸表を使うときの注意点
決算書がない場合に、上のような材料と、同じ国・同じ業種・同じ規模の企業の一般的な財務の傾向を組み合わせて、財務諸表を推定するという方法があります。推定財務諸表があれば、決算書がある取引先と同じ物差しで、格付や倒産確率を比べやすくなります。
ただし、推定値を使うときは、次の点に気をつけてください。
- 推定値と実績値を区別する:社内の審査資料では、どの数字が決算書にもとづく実績で、どの数字が推定なのかを明記します
- 限度額は保守的に置く:推定には誤差があります。実績値にもとづく評価と比べて、限度額は控えめに設定し、取引実績を見ながら段階的に引き上げます(これは当社の実務上の考え方で、法令上の基準ではありません)
- 見直しの時期を決めておく:決算書が後から入手できた場合や、支払状況が変わった場合には、すぐに評価をやり直します
実務での確認手順
ステップ1:発注前に、決算書が入手できるかを確かめる
国や会社によっては、調査で決算書が入手できる場合があります。まず入手の可否を確かめ、入手できない場合の評価方法を決めておきます。
ステップ2:決算書以外の材料をそろえる
会社の基本情報、国と業種のリスク、支払の実績、公的な記録を、信用調査報告書などからそろえます。
ステップ3:倒産確率の目安を置く
材料をもとに、取引先の倒産確率がどの程度か、目安を置きます。社内に格付の基準があれば、それに当てはめます。
ステップ4:限度額と決済条件を決める
倒産確率の目安と、取引の利益、回収の見込みから限度額を決めます。リスクが高い場合は、前払いや信用状など、決済条件で補うことも検討します。
ステップ5:取引の中で見直す
支払状況や、新たに入手できた情報をもとに、定期的に評価を見直します。
信用調査の結果を与信判断に落とし込む考え方は「海外企業の信用調査結果を与信判断に使うために」でも紹介しています。
当社サービスでどう補えるか
当社の NR Credit Portal V2 では、発注前に、取引先の決算書が入手できるかどうかを無料で問い合わせられる「決算書確認」をご利用いただけます。
「NRレポート」は、現地調査会社の調査結果に当社の独自分析を加えた信用調査報告書です。5段階の格付(NRating)、推定デフォルト確率(NRPD)、推奨与信限度額を付けています。決算書が入手できない会社についても、推定財務諸表(NRMFS)を作成し、格付と与信限度額を付けます。
また、決算書が手元にある場合は、「NRPD」で決算書から年率の推定デフォルト確率と推奨与信限度額を算出できます。詳しくは NRレポートのページ をご覧ください。
まとめ
- 決算書がない取引先でも、与信限度額は「倒産確率」の考え方で整理できます。バーゼル規制では、倒産確率を1年間の確率として扱い、事業法人で0.05%を下限としています
- 決算書の代わりに、会社の基本情報、国と業種のリスク、支払の実績、公的な記録、本人の申告を組み合わせます
- 推定財務諸表を使うときは、推定値と実績値を区別し、限度額を保守的に置き、見直しの時期を決めておきましょう
- まず発注前に、決算書が入手できるかを確かめることから始めてください
決算書がないことは、評価をあきらめる理由にはなりません。分かっていることと分からないことを分けて、数字に置き換える。それが、海外与信の実務の基本です。
(中村格付研究所)
出典
- Basel Committee on Banking Supervision「CRE32 IRB approach: risk components」(Basel Framework) https://www.bis.org/committees/bcbs/basel-framework/81366/chapter.pdf
- 日本貿易保険(NEXI)「貿易保険のご案内」(経済産業省 関東経済産業局 掲載資料) https://www.kanto.meti.go.jp/seisaku/kaigai_tenkai/data/5grobal_bouekihoken.pdf
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