株式会社中村格付研究所GLOBAL CREDIT INTELLIGENCE

海外企業の信用調査報告書が「薄い」と感じる理由と、読み解き方

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「日本の報告書と比べて、情報が少ない」――その感覚には理由がある

海外の取引先について信用調査報告書を取り寄せたところ、財務の欄が空白だった。評点や格付は付いているものの、その根拠になる数字が見当たらない。海外取引の与信を担当していると、こうした経験は珍しくないはずです。

このとき、「調査会社の調べ方が甘いのではないか」と考えがちです。しかし多くの場合、原因は調査の手間ではなく、その国で企業の情報がどこまで公開されているかという制度の違いにあります。公開されていない情報は、調査会社が本人や取引先への聞き取りで補うことになりますが、協力が得られなければ空欄のまま残ります。

本稿では、主要な国・地域の開示制度の違いを一次情報で確認したうえで、財務情報が乏しい報告書でも読むべき欄と、与信担当としての確認手順を整理します。

「薄さ」の多くは、各国の開示制度から来ている

1. 米国:非上場会社に、決算を公開する一般的な義務はない

米国では、証券取引委員会(SEC)に定期報告書を提出するのは、上場会社や、一定の規模・株主数を超える会社などに限られます。SEC の投資家向けサイトは、報告義務のない会社について「信頼できる情報が乏しい場合がある」と注意を促しています。

つまり、米国の非上場会社の多くは、決算書を公的機関に提出・公開していません。報告書に財務数値がなくても、それ自体は珍しいことではありません。米国では企業を特定する統一的な番号がないことも、調査を難しくする要因です(「アメリカ企業の特定が難しい理由」参照)。

2. 英国:小規模会社は、損益計算書を提出しなくてもよい

英国では、会社は登記所(Companies House)に決算書を提出する義務があります。ただし小規模会社は、損益計算書と取締役報告書を提出するかどうかを選べます。Companies House の公式ブログも、損益計算書を除いた、いわゆる「filleted(フィレ)」の決算書の提出を認めています。そのため、貸借対照表はあっても売上高や利益が分からない、ということが起こります。

なお、この点は見直しが決まっています。英国の会計士団体(ICAS・ICAEW)によれば、2028年4月1日から小規模会社も損益計算書の提出が必要になります。ただし、提出した損益計算書を公開しない選択は残ると報じられています。

3. ドイツ:小規模会社が公開するのは貸借対照表まで

ドイツでは、資本会社は決算書を公開する義務があります。しかし商法典(HGB)第326条により、小規模会社は貸借対照表と附属明細の提出で足り、損益計算書を公開する必要はありません。さらに小さい会社(零細会社)は、貸借対照表の提出だけで足ります。

4. 中国:年度報告の財務数値は「公示するかどうかを企業が選べる」

中国の企業は、毎年、国家企業信用信息公示システムに年度報告を出す義務があります。しかし「企業信息公示暂行条例」第9条は、連絡先・株主の出資・持分の譲渡などは公示しなければならない一方で、従業員数・総資産・負債・売上高・利益・納税額などの数値は、公示するかどうかを企業が選べると定めています。この条例は2024年に改正されましたが、この点は変わっていません。

中国企業の報告書で財務数値が埋まらないことがあるのは、このためです。一方で、年度報告を出さない企業は「経営異常名録」に載ります。これは、財務数値の代わりに読める重要なシグナルです(中国企業調査については「中国企業調査の重要性が高まっている理由」も参照)。

5. 香港:非公開会社は、年次申告に決算書を付けない

香港の会社登記所(Companies Registry)では、公開会社と保証有限会社は年次申告とともに決算書を提出します。しかし非公開会社(private company)には、決算書の提出は求められていません。香港の取引先の多くは非公開会社であり、登記所から財務情報を得ることはできません。

このように、同じ「非上場の中小企業」でも、国によって公的に入手できる情報の量は大きく違います。報告書の「薄さ」を判断するときは、まずその国の制度で、そもそも何が手に入るのかを知っておくことが出発点になります。

「薄い」報告書でも、読むべき欄はある

財務数値がないからといって、報告書の価値がなくなるわけではありません。与信判断に使える情報は、財務以外の欄にも多く含まれています。

① 登記情報:設立年と「変化の履歴」
設立からの年数、商号・所在地・資本金の変更履歴を見ます。短期間に何度も社名や所在地が変わっている場合は、理由を確認する価値があります。

② 株主・役員:誰がこの会社を動かしているか
株主と役員の名前は、関係会社の把握や、制裁リストとの照合にも使えます。取引開始後に株主や役員が変わることもあるため、継続的な確認も欠かせません(「取引開始時は問題なしでも、半年後は分からない」参照)。

③ 公的な記録:担保・訴訟・行政上の扱い
国によっては、担保の登記や行政上の記録が公開されています。たとえば米国では、州の州務長官(Secretary of State)に担保(UCC)の登録が行われ、誰でも検索できます。中国では、先に触れた経営異常名録への掲載の有無が確認できます。

④ 支払状況・取引の実績
取引先や仕入先からの聞き取りで、支払いの遅れの有無や取引規模が分かる場合があります。決算書のない会社では、こうした実務上の情報が判断の大きな材料になります。

実務での確認手順

ステップ1:国の開示制度を先に確認する
報告書を読む前に、その国で「出ない情報」を把握しておきます。財務の空欄が制度によるものか、調査で取れなかったものかで、受け止め方が変わります。

ステップ2:財務以外の欄から読む
登記・株主役員・公的な記録・支払状況を先に読み、会社の実態をつかみます。

ステップ3:空欄の理由を確かめる
空欄は「非公開」「未取得」「回答拒否」のどれなのかを、調査会社に確認します。回答拒否は、それ自体が判断材料になりえます。

ステップ4:決算書が必要なら、発注前に入手できるかを確認する
取引額が大きく、決算書がどうしても必要な場合は、発注前に入手の可否を確かめておくと、無駄な発注を避けられます。

ステップ5:情報の量に応じて、与信限度額を保守的に置く
情報が少ない取引先ほど、限度額を小さく始め、取引実績を見ながら段階的に引き上げる。これは法令上の基準ではなく、当社の実務上の考え方です。

報告書の結果を与信判断に落とし込む考え方は、「海外企業の信用調査結果を与信判断に使うために」でも紹介しています。

当社サービスでどう補えるか

当社の「NRレポート」は、現地調査会社の調査結果に、当社の独自分析を加えた信用調査報告書です。現地で取得できる情報をすべて盛り込んだうえで、5段階の格付(NRating)、推定デフォルト確率(NRPD)、推奨与信限度額、カントリーリスク評価、経済安全保障スクリーニングを付けています。

決算書が入手できない会社についても、推定財務諸表(NRMFS)を作成し、格付と与信限度額を付けます。「財務の欄が空白で判断できない」という状態を残さないための設計です。また、発注前に決算書が入手できるかどうかを無料で問い合わせられる「決算書確認」もご利用いただけます。詳しくは NRレポートのページ をご覧ください。

まとめ

  • 海外企業の信用調査報告書が「薄い」と感じる原因の多くは、各国の開示制度の違いにあります
  • 米国の非上場会社には決算を公開する一般的な義務がなく、英国・ドイツの小規模会社は損益計算書を公開しなくてよく、中国では年度報告の財務数値の公示を企業が選べ、香港の非公開会社は決算書を提出しません
  • 財務数値がなくても、登記の変化、株主・役員、公的な記録、支払状況から読み取れることは多くあります
  • 空欄の理由を確かめ、必要なら発注前に決算書の入手可否を確認し、情報の量に応じて与信限度額を保守的に置きましょう

「薄い」報告書を前にしたとき、まず問うべきは「何が書かれていないか」ではなく、「この国では何が手に入るのか」です。

(中村格付研究所)

出典

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この記事を書いた人
中村 裕幸
中村 裕幸 / 株式会社中村格付研究所 所長

海外与信調査・経済安全保障コンサルティングの専門家。信用調査歴25年以上。北朝鮮を除く160カ国超を対象に、現地情報を出し切る「圧倒的に詳細な海外企業信用調査レポート」を提供する。専門は海外与信調査、経済安全保障、UBO(実質的支配者)調査、中国企業のデューデリジェンス(China Series)。格付・倒産確率・与信限度額からESG・カントリーリスク・経済安保スクリーニングまでを一体で提供し、追加料金なしの日本語報告を強みとする。

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