――2025年春、中国金融市場の深層を読む
2025年春、中国の保険業界が重大な経営危機に直面しています。特に「万能保険(ユニバーサルライフ保険)」を中心とした高利回り商品と、そのリスク管理の甘さが露呈し、複数の保険会社で経営悪化が連鎖的に進行しています。本稿では、この現象が中国の金融システム全体に及ぼす影響について、信用リスクの視点から読み解きます。
万能保険の急成長と運用リスク
過去10年、中国の保険会社は「元本保証」「高利回り」をうたう万能保険の販売を加速させ、広範な資金を集めてきました。個人・中小企業を中心に「損をしない資産運用」として人気を博しましたが、その運用資金の多くが不動産や株式といったリスク資産に投じられていたことが、現在の問題の根底にあります。
不動産市場の急速な調整や株式市場の停滞によって、保険会社は想定利回りの達成が困難となり、契約者との信頼関係に亀裂が生じています。
政府対応と契約内容の変更リスク
中国政府は、保険会社の経営維持を優先する形で、契約時に提示された利回りや元本保証を「業績に応じて調整可能」とする新方針を打ち出しました。これにより、契約者が一方的に不利な条件変更を受け入れざるを得ないケースが増えています。
さらに、保険会社の倒産に備えた契約内容変更の法整備も進んでおり、契約の安定性そのものに対する信頼が揺らいでいます。
保険離れと社会保障制度への波及
こうした状況は「保険離れ」として顕在化しており、保険料の未納や中途解約が社会問題化しています。中国社会保障学会によると、年金保険の納付率は2011年の85.2%から2022年には80.8%へと低下。特に若年層の間で公的保険制度への不信が広がっており、制度そのものの持続可能性にも懸念が生じています。
株式市場への波及と政策対応の限界
保険会社は従来から株式市場における重要な機関投資家であり、その経営悪化は市場全体のボラティリティを高めています。政府は保険会社の株式投資上限を引き上げ、資本市場への資金流入を促進する政策を講じていますが、根本的な構造改革には至っていません。
過去の危機時には、中国平安、中国人寿、中国太保といった大手保険会社の株価が大幅に下落し、業界全体の脆弱性が顕著になりました。
ビジネスモデルの限界と今後の展望
中国の保険業界は、WTO加盟後に外資参入や商品多様化で急成長を遂げましたが、依然として旧来型の営業モデルやリスク管理手法に依存しています。デジタル化、リスク分散、消費者保護の観点での抜本的改革が求められる一方で、政府主導の強権的な対応が目立ち、消費者の信頼回復には程遠い状況です。
日本への影響
AIによるスクリーニングによると、日本企業が中国の保険会社に投資したり、業務提携している事例は複数存在しており、以下が主な例です。
- 出資・合弁事例
東京海上日動火災保険は、中国の生命人寿保険に24.9%出資しており、さらに天安保険や人保経紀公司にも出資しています。このように、日本の大手保険会社が中国の保険会社に直接出資するケースがみられます。 - 業務提携事例
損保ジャパン日本興亜(現・SOMPOホールディングス)は、中国最大手のインターネット専業保険会社「衆安保険」と提携し、訪日中国人旅行者向けの海外旅行保険商品を共同開発・販売しています。 - 現地法人設立・コンサルティング
株式会社トータル保険サービスは、中国の保険ブローカー「宣安(北京)保険経紀有限公司(A-ONEブローカー)」と2016年から業務提携し、2024年には合弁会社「株式会社A-ONEジャパン」を設立しています。これにより、日本企業の中国進出支援や現地での保険サービス提供を強化しています。 - 公的機関同士の連携
日本貿易保険(NEXI)は、中国の公的輸出信用保険会社(SINOSURE)と協力覚書(MOU)を締結し、貿易保険分野での協力体制を構築しています。
中国側の経営危機の煽りを受けて、こうした提携関係にもなんらかの影響が生じてくることが想定されます。特に近時問題になった大手保険会社と大手企業の株の持ち合い関係については、行政側の指導もあり、その損失(リスク)の穴埋めとして売却が進み、持ち合い関係の解消が促進されるのではないでしょうか。
まとめ:信用不安の連鎖と今後の注視ポイント
今回の保険会社経営危機は、単なる一業界の問題にとどまらず、社会保障制度、消費者心理、資本市場、そして金融システム全体に波及する構造的な信用リスクを孕んでいます。
今後、中国政府によるさらなる規制強化や契約条件の変更が続けば、企業や個人の資金行動にも影響が及び、信用不安の連鎖が加速する懸念があります。
中国の保険業界が「安心を売るビジネス」としての信頼を取り戻せるか否か――それは今後の中国金融市場の安定性を占う試金石と言えるでしょう。