
はじめに
これまで「安全保障貿易管理」を中心に制度と実務を解説してきましたが、企業を取り巻く安全保障の枠組みは今や「経済安全保障」へと拡大しています。第4回では、2022年に施行された「経済安全保障推進法」を軸に、企業が備えるべき実務的対応について紐解いていきます。
経済安全保障推進法の4本柱
① サプライチェーンの強靭化
半導体、蓄電池、レアアース、医薬品等、国家の基盤となる物資の安定供給を目的に、経産省が「特定重要物資」に指定。対象企業は報告義務と支援制度の両方を受ける。中堅部品メーカーでも対象となる可能性があるため、取扱品目と顧客層の棚卸しが必須です。
② 基幹インフラの信頼性確保
電力、通信、交通、金融、上下水道等14分野が指定され、設備導入やシステム切替の際に政府の事前審査が必要に。特定の外国製品が入り込むリスクを排除する狙いがあり、SIerや設備メーカーだけでなく部品・ソフト提供企業も影響を受ける可能性があります。
③ 先端技術の育成と官民連携
量子技術、AI、バイオ、宇宙・海洋技術など、国家戦略技術とされる研究に対し、資金支援や秘密保持の制度が整備されました。大学やベンチャー、中堅企業の研究開発活動も対象になる可能性があり、研究成果の開示制限や管理体制の強化が求められます。
④ 特許の非公開制度
軍事転用の恐れがある技術について、特許を一定期間非公開とする制度が開始されました。出願者には管理義務が課され、違反すれば刑事罰の可能性も。とくに無意識に該当する技術を開発するケースもあるため、特許庁への事前相談体制が重要です。
制度の特徴:義務と支援はセット
同法は「規制だけでなく支援もする」という姿勢が特徴です。企業にとっては「負担」だけでなく「成長戦略として活用できる制度」として捉えるべき段階に入っています。
実務対応で押さえるべき5つの視点
- 対象物資・技術の棚卸しと該当有無の把握
- 共同研究・出資契約等のセキュリティ条項の明文化
- 出願特許の公開判断における安全保障リスクの事前評価
- 外資規制の対象になる株主や支配構造の定期モニタリング
- 行政機関との相談・連携ルートの明確化
まとめ:経済安全保障は“制約”ではなく“戦略”
本法は「企業の自由を制限するもの」と誤解されがちですが、本質は“守るべき経済基盤を企業とともに築く制度”です。信用格付の観点からも、経済安全保障への準備状況は「企業統治の成熟度」として注視され始めています。
次回(第5回)は、制度論を離れて「取引国ごとの実務注意点」と「見えない支配構造」を扱う内容に移ります。